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東部ニューギニア戦線慰霊巡拝案内−ウエワク地区−

栃木県護国神社資料展示室 中山郁

6)洋展台

 伝道団が居た場所であることからミッションヒルと呼ばれています。また、一部にボーイズタウンと呼ぶ向きもあります。ここには昭和18年初頭には第20師団司令部が、後には第四航空軍(洋部隊)司令部が置かれていたことから、「洋」部隊に因み、「洋展台」と呼称されたといいます。ここからはウエワク市街はもとより、ムシュ島、カイリル島、ウエワク西方のジャングル帯を一望の下に見渡すことができ、絶好のビューポイントといえます。また、ここまで登る道は戦時中も自動車が通うメインロードでした。

 頂上にある「英霊碑」はニューギニア戦の遺児が遺族、戦友の協力を得て建立したもの。眼下の草地は日本車の中飛行場跡、左西方の住宅地の西南方向の椰子林一帯が、松の岬から移転した117兵站病院のあった佐久良森で、多くの病兵が亡くなった場所です。また、洋上に見えるムシュ島(平らな島)は終戦後、武装解除された日本兵が収容されましたが、極端な体力低下と豪州軍からの給養不足のため、約1300名がこの島で死亡しています。ムシュ島の奥に見える高い山がカイリル島で、日本海軍の27特別根拠地隊が終戦時まで守備していたところです。


洋展台からウエワク市内を望む

 後ろにひろがる山々は、石和田山、加藤山(石和田中隊約80名守備)などの日本軍復廓陣地が置かれていました。 20年5月のウエワク戦の際、これらの陣地には歩兵部隊の不足から航空部隊などの後方部隊が配置され、豪州軍と激しい戦闘を繰り広げました。さらに洋展台から少し下りたところに高射砲陣地跡があり、現在5門ほどをみることができます。

また、付近には日本軍が掘った洞窟も幾つか残っていました。ここはもともと高射砲61大隊の陣地でしたが、ウエワク戦の際にここを守備していた25飛行場大隊加藤中隊(約100名)の加藤光大尉は、この砲を自ら修理して敵戦車の前進を阻止したものの、火炎放射器の攻撃によって5月15日に陥落したと記録されています。


洋展台の下に残る日本軍高射砲


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