平成17年度 パラオ諸島慰霊巡拝
(つづき)3:慰霊を終えて

無事に慰霊を終え、コロール島でお祝いの食事会をしました

見てください、この和やかな笑顔を!

喜びを歌と踊りで表現する皆様

女性同士で話は弾みに弾み

男は男で慰霊談義に花を咲かせます

慰霊で消耗した体力をご馳走で取り戻し

早くも桜井さんと鈴木さんが幹事で同窓会が発足し、皆で名簿を作りました。

ついにはホテルへ帰るバスの中で大合唱が沸き起こりました。酔っ払っているのではありません。みな、ひたすら嬉しいのです。無事にお参りができ、肉親と交流でき、そして心の重荷も下ろすことが出来たのですから!!

パラオ本島、アイライ地区の通信所跡、付近には日本軍の戦車や機銃が置かれています。

日本軍の牽引車?

25mm対空機銃

特2式内火艇、日本海軍の水陸両用戦車です。非常に珍しいものが残っていたものです。

内火艇のハッチから内部をのぞく

旧官幣大社、南洋神社跡。石段と神橋、灯篭などが残っています。終戦後、米軍による冒涜から神の尊厳を守るため、宮司によって遷霊を行った後、59聯隊によって社殿が片付けられました。

帰国を前にした夕食で挨拶を述べる高垣さん。氏の兄君はガラゴン島切り込みで勇名をはせた高垣勘二中尉。今回の慰霊で高垣さんは、兄上が戦ったガラゴン島と、マカラカル島の、まさに戦死されたその場所にお参りすることができました。玉砕の島では、多くの場合、実際の戦死地点を特定することは殆ど不可能ですから、自分だけ幸運に恵まれ、他の方々に申し訳ないと、心から恐縮することしきりでした。非常に優しい方です。

80代から20代まで、心を合わせて乾杯しました

今回の最長老である戸井田さんのお話。氏はご自身も従軍経験をお持ちです。ハードな旅を、ご家族ともども元気でこなされました。

兄を亡くされた方同士、涙の中に、固い握手をかわされました。

平成十七年度パラオ諸島慰霊巡拝団、記念撮影
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