平成17年度 東部ニューギニア慰霊巡拝記録
(つづき)3:柴田学校
カウプの村に建設中の学校校舎。柴田夫人の寄付を基礎に、日本政府のODAを併せて学校が建設されました。カウプは船舶工兵第9聯隊の柴田中尉(キャプテンシバタ)が村人の宣撫に当たった村です。彼は自活のお礼として子供達に数やスペル、歌を教え、ニューギニアの独立を訴えました。その教えを受け、独立運動に身を投じたのが、ソマレ首相です。
中学生が日本の歌にあわせて踊り、チヨさんと我々を大歓迎してくれました。歌は「もしもし亀さん」。戦時中、日本兵が教えた歌が、現在も伝えられています。
学校前で記念撮影。この学校は平成17年秋に完成し「シバタスクール」と名付けられました。61年前、ニッパハウスの校舎と地面の黒板で始まった柴田学校が、立派な建物として蘇ったのです。
柴田中尉の教え子との出会い。
「ラバウル小唄」「ああ堂々の輸送船」などなど、当時教わった日本の歌八曲を、メドレーさながら歌ったのにはびっくりしました。さらに、「ケイレイ」「カシラナカ」なども実演してくれました。
カウプの村。海岸沿いにある、大きな村です。戦時中、この村は連合軍の空襲で焼かれ、村人はジャングルの中に村を移して暮らしていました。
ポートモレスビーの日本料理店にて、日本国大使と柴田婦人
ポートモレスビー空港にて最後の記念撮影
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